逆センタリング
メルマガで紹介した「自分の中心を保つ方法」の補足です。
ダメだしされたり、批判されたりしたときに自分を信頼する方法です。
まずは、心理学の研究結果のご紹介。
ポジティブにものごとをとらえる人は、おなじように、ネガティブにとらえることも多いという研究結果があります。
ポジティブになりっぱなしというのは、難しいようです。それから、ネガティブになりっぱなしも難しいようです。振り子のように、ポジティブにふれやすい人は、ネガティブにもふれるのが自然の法則のようです。
うれしいことがあれば、それを支えてくれた人に感謝する。つらいことがあったら、自己信頼を深める。というようにしていれば、うれしいことをうれしく感じつつもネガティブにふれない人生が送れるのではないかと思います。
感謝とわかちあいには、よろこびを体験しつつもポジティブにふれすぎた振り子をもとに戻す効果があります。
中心がぶれずに生きている状態といえます。
これが、感謝やわかちあいがなかったとしたら、自然の法則でネガティブにふれて強制的にバランスをとるということがおこなわれます。
ですから、大きくわけて、2つの選択肢があるようです。
1つは、よろこびを感謝とともにわかちあって、中心がぶれずに生きる。
もう1つは、よろこびとつらさを交互に体験する。
ただし、この2つとは関係なく「自分はつらいことばかりだ」「自分はうれしいことばかりだ」と感じて生きている人がいるのも確かです。
ですから、よろこびを感じる感度と、つらさを感じる感度があるということもたいせつな要素だということがわかります。
つぎのような研究結果があります。
被験者にポケベルをわたして、ポケベルがなったときに被験者がうれしさを感じているか、つらさを感じているかをチェックしてもらうという研究がありました。
「自分はつらいことばかりだ」と感じている人が被験者に選ばれました。結果は、同程度にうれしいこともつらいこともあったそうです。
ポケベルが鳴り、強制的に「いま感じているのはうれしさか、つらさか?」と聞かれると、うれしいときもつらいときも同程度にあるということです。まさしく、感度のちがいです。うれしいことに着目している人もいれば、つらいことに着目している人もいるということのようです。
この「振り子の法則」と「感度の法則」を考慮するとつぎのセンタリング法が考えられます。
・よろこびの感度を上げる
・そのよろこびを感謝とともに支えてくれた人とわかちあう
・つらさの感度を下げる
(※上の2つについては、前回のメルマガで紹介したとおりです。)
つらさの典型は、ダメだし、批判、批難、失敗によって、自分を過小評価して自信を失うことです。あるいは、思い通りにいかなくて、自分を責めたりすることでも自信を失いつらさを感じます。
いずれにしても、自分を過小評価して、自信を失っている状態です。
ですから、センタリングするには、本来の自信を引き出してあげればいいだけのことです。
「きっとよくなる」でもいいし、「よくやってる」でもいいし、「なかなかいけてる」でも、自信を引き出せる自分なりのことばを見つけて声にだすと効果的です。
人によっては、ポジティブなことばよりも「それほどわるくない」とか「まずまずだと思うよ」とかいったちょっとひかえめなほうがリフレッシュできるということもあります。
いちばんセンタリングに効果があることばは、つぎのことばです。
「責任は果たした!」と叫ぶこと。ま、べつにさけばなくてもいいんですけど。このことばを声に出すことは、経験上、強烈な効果があります。
もちろん、批判、批難、ダメだしに対して、真摯に対応したほうが人生にはプラスになるということもあるかもしれません。
けれど、自信を失っている状態では、誠実な対応はできません。ですから、「責任は果たした!」と叫んでから、必要があれば、対応すればいいのではないかと思います。
この「責任は果たした!」ということばに自信回復の効果がある心理的理由は、つぎの2つが考えられます。
1つは、過去にとらわれなくて済むということです。つらいと感じているときに「責任は果たした!」というのは、やや的外れな感じがあります。この的外れな感じにリラックス効果があります。
そして、的外れな感じがあるので、過去を思い出さずに済みます。
もう1つは、つらさを感じるという責任をすでに果たしたと、無意識に思えることです。「つらいという結果をちゃんと受けとりましたよ」というメッセージがこころにとどけられます。
ですから「もうつらさは感じなくてもいいんだよ」という隠されたメッセージも同時にこころにとどきます。
そうすると、すっきりしゃっきり、氣もちがセンタリングされてしまいます。
心理的理由は、ともかく、
おそらく、人はだれしもありのままを受け入れられたいと思っています。
ありのままを受け入れることに、安心、自信、存在価値を感じます。そして、活力がうまれて、笑顔や元氣をとりもどし、しあわせをわかちあうことができます。
「責任を果たした」というのは、つまり、「もうこれ以上やるべきことはない」というメッセージです。ありのまま、このままでいいということです。
自らがありのままの自分を受け入れることがたいせつではないかと思います。
ダメだしされたり、批判されたりしたときに自分を信頼する方法です。
まずは、心理学の研究結果のご紹介。
ポジティブにものごとをとらえる人は、おなじように、ネガティブにとらえることも多いという研究結果があります。
ポジティブになりっぱなしというのは、難しいようです。それから、ネガティブになりっぱなしも難しいようです。振り子のように、ポジティブにふれやすい人は、ネガティブにもふれるのが自然の法則のようです。
うれしいことがあれば、それを支えてくれた人に感謝する。つらいことがあったら、自己信頼を深める。というようにしていれば、うれしいことをうれしく感じつつもネガティブにふれない人生が送れるのではないかと思います。
感謝とわかちあいには、よろこびを体験しつつもポジティブにふれすぎた振り子をもとに戻す効果があります。
中心がぶれずに生きている状態といえます。
これが、感謝やわかちあいがなかったとしたら、自然の法則でネガティブにふれて強制的にバランスをとるということがおこなわれます。
ですから、大きくわけて、2つの選択肢があるようです。
1つは、よろこびを感謝とともにわかちあって、中心がぶれずに生きる。
もう1つは、よろこびとつらさを交互に体験する。
ただし、この2つとは関係なく「自分はつらいことばかりだ」「自分はうれしいことばかりだ」と感じて生きている人がいるのも確かです。
ですから、よろこびを感じる感度と、つらさを感じる感度があるということもたいせつな要素だということがわかります。
つぎのような研究結果があります。
被験者にポケベルをわたして、ポケベルがなったときに被験者がうれしさを感じているか、つらさを感じているかをチェックしてもらうという研究がありました。
「自分はつらいことばかりだ」と感じている人が被験者に選ばれました。結果は、同程度にうれしいこともつらいこともあったそうです。
ポケベルが鳴り、強制的に「いま感じているのはうれしさか、つらさか?」と聞かれると、うれしいときもつらいときも同程度にあるということです。まさしく、感度のちがいです。うれしいことに着目している人もいれば、つらいことに着目している人もいるということのようです。
この「振り子の法則」と「感度の法則」を考慮するとつぎのセンタリング法が考えられます。
・よろこびの感度を上げる
・そのよろこびを感謝とともに支えてくれた人とわかちあう
・つらさの感度を下げる
(※上の2つについては、前回のメルマガで紹介したとおりです。)
つらさの典型は、ダメだし、批判、批難、失敗によって、自分を過小評価して自信を失うことです。あるいは、思い通りにいかなくて、自分を責めたりすることでも自信を失いつらさを感じます。
いずれにしても、自分を過小評価して、自信を失っている状態です。
ですから、センタリングするには、本来の自信を引き出してあげればいいだけのことです。
「きっとよくなる」でもいいし、「よくやってる」でもいいし、「なかなかいけてる」でも、自信を引き出せる自分なりのことばを見つけて声にだすと効果的です。
人によっては、ポジティブなことばよりも「それほどわるくない」とか「まずまずだと思うよ」とかいったちょっとひかえめなほうがリフレッシュできるということもあります。
いちばんセンタリングに効果があることばは、つぎのことばです。
「責任は果たした!」と叫ぶこと。ま、べつにさけばなくてもいいんですけど。このことばを声に出すことは、経験上、強烈な効果があります。
もちろん、批判、批難、ダメだしに対して、真摯に対応したほうが人生にはプラスになるということもあるかもしれません。
けれど、自信を失っている状態では、誠実な対応はできません。ですから、「責任は果たした!」と叫んでから、必要があれば、対応すればいいのではないかと思います。
この「責任は果たした!」ということばに自信回復の効果がある心理的理由は、つぎの2つが考えられます。
1つは、過去にとらわれなくて済むということです。つらいと感じているときに「責任は果たした!」というのは、やや的外れな感じがあります。この的外れな感じにリラックス効果があります。
そして、的外れな感じがあるので、過去を思い出さずに済みます。
もう1つは、つらさを感じるという責任をすでに果たしたと、無意識に思えることです。「つらいという結果をちゃんと受けとりましたよ」というメッセージがこころにとどけられます。
ですから「もうつらさは感じなくてもいいんだよ」という隠されたメッセージも同時にこころにとどきます。
そうすると、すっきりしゃっきり、氣もちがセンタリングされてしまいます。
心理的理由は、ともかく、
おそらく、人はだれしもありのままを受け入れられたいと思っています。
ありのままを受け入れることに、安心、自信、存在価値を感じます。そして、活力がうまれて、笑顔や元氣をとりもどし、しあわせをわかちあうことができます。
「責任を果たした」というのは、つまり、「もうこれ以上やるべきことはない」というメッセージです。ありのまま、このままでいいということです。
自らがありのままの自分を受け入れることがたいせつではないかと思います。


