NLPの前提と心理学とユングとフロイト
どうして空は青いの?
という子どもの質問に対して。
それはね。
空気の成分は酸素が○○%で窒素が○○%で・・・
だから屈折率が○○で、
太陽光のスペクトル成分のうち
青だけが地上にとどいているんだよ。
という答えは、正解かどうか。
おもしろい話を聞きました。
これは、なぜ空が青いかの説明ではなく、
どのようになって空が青く見えるかの説明です。
なぜ、屈折率があるの?
なぜ、太陽の光に青があるの?
ほんとに青い?
みたいに。
本質的に、
なぜ
という質問は半永久的につづくものだ。
という話をある人から聞きました。
そう。
NLPでは、特別な意図がないかぎり、「なぜ」は心の解決を導くことが少ない。
とされています。
で、おもしろいと思った話はここから。
「なぜ」の質問は永遠につづくから、大人はどこかで抑制してるんだ。
だから、子どもが繰り返す「なぜ」という質問に恐怖を覚える。
そして、恐怖が抑えられなくなると、子どもを怒る。
にゃるほど〜。
です。
子どもに「なぜ」をくりかえされて、恐怖から子どもに怒るというとらえかたです。
くわしいことは長くなるので、やめますが。
おそらく、これは、生への恐怖ではないかと、
この話を聞いたときに思いました。
「なぜ」の質問のくりかえしで、行き着く1つの選択肢として、
「なぜ生きているの?」
ってことがあると思う。
だから、「なぜ」の答えではなく、
「どのようにして」の答えで満足しておこうという心理が
大人には働いているのではないかと思いました。
いつもいつもでなくてもいいから、たまには、
永遠につづく「なぜ」に身をまかせて、
「あ〜、空が青いな〜」
「あ〜、風が氣もちいいな〜」
「砂糖は甘いな〜」
「なぜだろう・・・」
「なんでだろうね〜・・・」
ってことを楽しむ余裕がある人生ってのが、
贅沢ですてきな時間だな〜
と思います。
ときには、
「つらいね〜・・・」
「なんでだろうね〜・・・」
「なんでかな〜・・・」
「はて・・・」
「それが生きるってことなのかもね〜・・・」
みたいな、ゆるゆるもありじゃないかと。
思ひました。


