先駆的存在のアーティスト
2006年3月23日はお買い物です。といっても、人に買ってかえるお土産をぶっしょくしました。安いものからそこそこ高価なものまでとりそろえて、買いました。心友に、5番街とMadison Aveというとおりが、日本でいう銀座みたいなもんだと教えてもらいました。なるほど、どこまでもブランド店がつづいてます。英語でスタッフと話していると、どこからともなく日本語を話すスタッフが近よってきてアドバイスをくれるブランド店まであります。
よくもわるくも親切です。
ところで、欧米人はほんとーに、体臭がきついためか、香水が好きですね〜。と思いました。「ここは香水を売ってるお店で〜す」なんていう看板は日本ではあまり見かけないのではないでしょうか。「うちは香水を売ってるんだから、ちょっと見ていかないと損だよ〜〜〜〜〜」と訴えるごとく看板がかけられているのが目につきます。
地下鉄に乗っていて思うのは、つねに「この東洋人は安全なのか?」という目で安全確認されます。ナーバスになっている一部の方をよく見かけます。見えない差別、見える差別、もろもろ、まだまだ傷は深いようです。人々が「自分は同じ人間だ」と主張したがっているように見えて、それを肌で感じます。
ブロードウェイを夜、わたしが歩いていると、「お前はファックな子供か?」とよくからかわれます。なにか、こころに痛みでもあるのかどうか、わたしの目を見ずに、そうやって笑っています。わたしは、「YES.」とかるくうなずきながら、かつ、しずかにいいます。「あなたは、合氣道というのをしっているか?」と。しかも、日本語で。答えをまたずに、投げ飛ばします。そして、「あなたにも愛があるか?」と聴きます。しかも日本語で。投げ飛ばされ押さえられてもがく人。もういちど、聴きます。しかも日本語で。「あなたにも愛があるか」。最後に、「愛してるよ」といって立ち去ります。調子に乗って投げ飛ばしすぎて、流血した人もいました。
というのは、ウソです。どこからどこまでがウソかは............。
それにしても、ニューヨークから世界になにかを発信することが激減したと思いませんか?
戦争とかしてるあいだに、世界はどんどん進んじゃって、置いてけぼりになっちゃったんじゃないかと思う部分もニューヨークに感じました。それでも、あたりまえだけど、いいめん、わるいめんをたくさん持っている街にかわりはないようです。


